高松高等裁判所 昭和27年(う)582号 判決 1952年11月25日
控訴人 被告人 島尾広一
弁護人 山川常一
検察官 高橋道玄関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人山川常一の控訴趣意は別紙記載の通りである。
控訴趣意第一点について。
論旨は原判決が被告人を本件恐喝の共同正犯と認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかし原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば被告人と小西政雄外二名の者との間に原判示の如き方法により本件被害者側を畏怖せしめて金員を交付させるにつき互に意思の連絡のあつたことは充分これを認めることができ、被告人が小西政雄外二名の者と共同謀議をした事実を認めるに足る直接の証拠は存しないとしても原判決が被告人を本件恐喝の共同正犯と認定したのは蓋し相当であると謂わなければならない。原審が取調べた各証拠を検討しても原判決に所論の如き事実誤認は認められずまた証拠によらずして共犯と認定した違法があるとは云えない。従て論旨は理由がない。
同第二点について
論旨は原判決の量刑は重きに過ぎると謂うのである。しかし本件記録に徴するに被告人は昭和十六年以降暴力行為等処罰に関する法律違反傷害賭博恐喝窃盗罪等により前科七犯(内四犯は懲役刑)を重ねていることその他諸般の情状を考量すれば原審の量刑(懲役八月)は相当であつて、論旨の主張する諸点殊に本件被害者は食糧管理法違反罪を犯さんとしていたものである点を考慮に容れても原判決の科刑が重きに失するとは認められない。従て論旨は採用し難い。
尚当裁判所が累犯関係の点につき職権で調査するに、被告人は(イ)昭和二十一年七月十六日徳島区裁判所において恐喝傷害罪により懲役十月(未決勾留日数九十日通算、昭和二十一年勅令第五百十二号減刑令により懲役八月八日に変更)に処せられ同年十二月二十五日右刑の執行を終つたこと並に(ロ)昭和二十四年九月十三日神戸地方裁判所において窃盗罪により懲役二年に処せられその刑を受刑中昭和二十六年三月仮出獄により出所したことは被告人に対する前科調書及び被告人の司法警察員に対する第一回供述調書に徴し明かである。而して原判決は右(ロ)の前科があることを理由として本件につき累犯加重をしているけれども、本件犯行は昭和二十六年五月三十一日頃であつて当時被告人は仮出獄中であり未だ右(ロ)の刑の執行を受け終つていないものと謂わなければならない。他方本件犯行は前記(イ)の前科の刑の執行を終つてから五年内に犯したものでありこれと累犯の関係に立つことが亦明かである。然るに原判決は右(イ)の前科が累犯加重の原因となることを看過し(ロ)の前科があることを理由として本件につき累犯加重をしたのは法律の適用を誤つているけれども、本件は結局において累犯加重をなすべき場合であるから右誤は判決に影響を及ぼさないものと認める。
仍て本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人山川常一の控訴趣意
第一点原判決は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある。即ち原判決は被告人が小西政雄等と共謀して豊田ヒサヱより金員を喝取した事実を認定したが判示証拠を以てしては共謀の事実を認めることが出来ないと考える。云う迄もなく共謀による共犯と云う以上は謀議をなして犯罪を実行したか又は共同実行の意思に基く共同実行の事実が存する場合でなければならぬ。而して本件に於ては謀議をしたと云う事実は全然ない。只被告人は後記のように船を警察署へもつて行こうとしたが潮の関係で実現しなかつた事と時松芳太郎より金を取つてくれと云われたのを断つた事実があるだけでこれも被告人の考え通りに実行した迄でこれを金員喝取の手段として利用する意思もなければそう利用した事もない。然るに之を共同正犯と認定したことは事実の誤認であり同時に又証拠なくして事実を認定した違法があり破棄せらるべきである。
第二点被告人が仮に有罪としても原判決の刑は不当に重いと考えられる。即ち(一)本件犯罪は被害者により誘発された犯罪である。本件に於て被告人及他の共犯者が被害者に対し警察へ告げると申し向けた事実はあるが金を出せと要求した事実はない。犯罪のある場合之を警察へ告げることは何等非難すべきでないことは勿論かえつてすすめらるべきことである。然るに被害者豊田ヒサヱは既に食管法によつて懲役刑(但執行猶予中)の前科あり若し右事実が発覚し検挙せらるるならば実刑を受くべきは明白であるから如何なる手段を講じても警察へ告げることを妨げたければならぬと考えて嫌がる被告人等に金を贈つたのが本件の実際の姿である。被告人等に金を受取る意思のなかつたことは提供された金銭を拒絶した事実によつて明白である、豊田ヒサヱは被告人等の内の誰かに二、三万出せと云つたと供述しているが時松芳太郎の証言には左様な事実はないと云つているので右豊田ヒサヱの供述は自己の妄想か又は自己の不正を隠蔽せんための供述と云わなければならぬ。このように本件に被告人が金銭を要求したものでなく、豊田ヒサヱが自己の犯罪を隠蔽せんために贈つた金銭であつてその非が豊田ヒサヱにあることは云う迄もない。(二)被告人は本件犯罪の実行行為を分担していない。被告人が終始船の中などにいて相手方と交渉した事実がないことは証人阿部武成、谷欣二の証言により明白である。時松芳太郎が金を受取つてくれと云つて依頼せられた時も之を拒絶してその交渉の場より立去つたので本件の金銭の要求や交付受領とは没交渉であつた。只豊田ヒサヱの不在中船を橘町の警察官の処へもつて行こうとした事実は認められるがこれは被告人の考えていることを実行せんとしたのであつてたまたま潮の関係で実現しなかつたにすぎず決して之で相手を脅迫せんとしたものでないことは明白である。(三)本件金員を受取つた事情について。被告人等がいらないと云つた金員を最後に阿部が受取つたのは時松芳太郎の懇願を断りかねて阿部が勝手に受取つたもので阿部は其の責任はあるが被告人には受領については無関係である。時松芳太郎は被告人等の誰も知らないと云つているが証人阿部武成、谷欣二の証言や其の後皆んなが一緒に酒をのんでいる事実によつて親密なる間柄であることが認められる。その時松が自己が貸すことにするからとの言を信じて受取つたもので、之を被告人等が最初より脅迫して交付せしめたと解することは酷である。(四)被告人の責任について 以上のようにして被告人の責任を問うとすればむしろ賍物収受であると考えられる。殊に本件の被害金員も僅か四千円である。(五)被害者との刑の均衡について 被害者の豊田ヒサヱが白米二十俵を売却のため阪神方面に輸送中であつたことは明白に認められるけれどもその点については取調べも受けていなければ起訴もせられていない。然し本件の場合社会的にも法律的にも第一次的に非難せらるべきは豊田ヒサヱでなければならない。それにも拘らず事情の軽い被告人等を厳罰に処し情重きものを放置することは被告人に裁判に心服せしめ得ないことは勿論社会的に悪影響を残すのである。(六)恩赦令との関係について 本件は通常ならば当然恩赦により減刑せらるべき筈であつたが裁判が若干遅れたためにその恩典にあずかる事が出来なかつた。原裁判所も実質的には恩赦令を考慮せられた筈と思われるが十分でない。